車を買い替えることになった。

車を買い替えることになった。

13年目、走行距離15万キロオーバー。

年式、走行距離ともに まあまあがんばった方なのだ。

でも問題がなければまた今年も車検を通して乗るつもりだった。

しかし先月からエンジンの調子がどうもよろしくない。

高速の乗り口で加速していくと、「かくん」と微振動する。

「あ、『かくん』となったね、今」と私。

「なった!」と息子。

エンジンの問題か…ちょっと怖いな。でももうすぐ車検だし、まあ何とかなるさと

たかをくくっていたら、「かくん」は加速度的に頻繁に訪れるようになった。

一般道でも「かくん」。

1回のドライブで1回だったのが、何度も「かくん」。

「症状が現れたり、現れない問題は治しづらい。飛行機では治せないことも多い。

試しにこのパーツを変えてみた、でも治らなかった、じゃあ何?ってなる。

俺はそれを会社の金でやってるけど、自分の車は自分が払うもんだからやりたくない」と主人断言。

説得力があるような、ないような。

フィットは、主人が私と出会う前に買っていた車で

メタリックなブルーをしていた。

その色がどうにも好きになれなくて「なんでこの色に?」と見るたびに思いながら乗っていた。

だからなのか、全然大切にできていなかった。

ペーパードライバーで、最初は

「車は悪だ。CO2排出マシーンだ。大きな凶器だ。一歩まちがったら人を殺めてしまう」と

それはそれは偏見に満ちた車恐怖症だった私だったけど、

妊娠をきっかけに乗らざるを得なくなり

車はそれから後、時間をかけて、郊外暮らしになくてはならないパートナーになっていった。

当然、しょっぱなからぶつけまくった。

主人の国なんてバンパーで後ろの車をぐいぐい押しのけて縦列駐車するのが普通なもんだから

傷ひとつない日本人の車の乗り方は潔癖そのもの。

「乗りつぶすから修理はしない」という主人の方針で

擦り傷が痛々しいバンパーのまま、何年も乗り続けていた。

それもよくなかった。自分が傷ついたみたいで、その傷を見ないように目を伏せていた。

本当は直してあげたらよかった。

好きじゃないところを数え上げたら色と内装のシートぐらいで、ひきとってもらった今となっては

全部が手の中に蘇る。

ハンドルの下が溶けたように擦り切れていたり

シートとギアの間にほこりがたまって、どうやてってもとれないところ。

息子が蹴ってよごしたドアの内側。

でも小回りがきいて、安全で何でもわがままをきいてくれた。

私はおかまいなくどんなに傷つけても、フィットは中にいる私たちを

絶対に守ってくれていた。

昨日新しい車(中古車なんですけどもね)と乗り換えて、

フィットはディーラーに引き取ってもらった。

最後のお別れをしようと店を出たら、もう視界に入らない場所に移動させられていて

最後の姿が見れなかった。

その方がよかったかもしれない。

でも私たち家族と離れて、慣れないところで廃車を待つ身を思って

おんおん泣いた。

経験したことはないけれど姥捨山に親を捨てるかのような、

育てられなくなったペットをひきとってもらうような感じにとても似ている気がする。

そんなに大好きで乗っていた車でもないのに、なんでこんなに?というぐらいに。

で、分析してみた。今の家に住んで主人と暮らし始めて主人はDIYばかりで

ほぼどこにでかけるというようなこともないまま

子供をさずかった。それ以降出かけるときは、私、車、ルーちゃん(息子)の組み合わせが多かった。

そう、私のそばにいて退屈から私を連れ出してくれたのは旦那より車だったのだ。

ある意味、旦那より頼っていたとは…!

どうりで寂しいわけだよ。

まぶたを閉じれば、浮かんでくるのはディーラーで他の車にまざって

ぽつんと廃車を待つフィットの姿。

運転は楽しいんだよって教えてくれてありがとう。

大事にできなくてごめんね。許してね。

知らない間に、大好きだったよ。

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